【登った山一覧】イモトアヤコの登山歴と実力!イッテq登山家・中島健郎の死亡とエベレスト再挑戦の約束

イモトアヤコさんといえば、イッテqの登山コーナーでの活躍で大人気です。難しいと言われる山を次々撃破しており、登山歴がどれくらいなのか気になる人も多いです。

元々は素人なので「本当に登山の実力があるのか?」「テレビの力で途中でズルしているのではないか」と疑う視聴者もいるようです。

イモトさんは頂上へ到着した後、金の力でヘリで下山してるのではないかと疑われた話もあります。本当の実力はどの程度なのか調べてみました。

イモトアヤコの登山歴を徹底調査!

  • キリマンジャロ登頂(標高5895m)
  • モンブラン登頂(標高4810m)
  • アコンカグア登頂断念(標高6890mで断念)
  • マッターホルン登頂(標高4478m)
  • マナスル登頂(標高8163m)
  • キナバル登頂成功(標高4095m)
  • エベレスト登頂(標高8868m)
  • マッキンリー登頂(標高6168m)
  • アイガー登頂→ヘリ下山(標高3970m)

登山歴一覧


出典:スポニチ

イモトさんの登山歴、調べてみると結構すごかったです。

かなりたくさんの訓練を積んでいることがわかります。テレビの企画でやっているだけのニワカ説もありますけど、2009年から現在にかけて多くの挑戦をしてきました。

イモトアヤコさんは世界の山を、イッテQ登山部の活動で制覇してきました。どれほどの山々をクリアしてきたのでしょう。

年月 標高 備考
2009年5月 キリマンジャロ登頂 5895m  
2010年1月 崋山登山 2160m  
2010年8月 モンブラン登頂 4810m 三山縦走(タキュル→モンモディ→モンブラン)
その他、合宿、トレーニング、高所順化、テストトライアルクライミングによる登山
2011年8月 キリマンジャロ登頂 5895m 2回目
2011年12月 西穂独標登頂 2701m 雪山登山、滑落訓練
2012年1月 アコンカグア登頂断念 6962m 標高6890m地点で断念
2012年8月 国立登山研究所人口壁登頂 高さ17m 人工のクライミング・ウォールによるロッククライミング基礎訓練
2012年8月 剱岳(源次郎尾根ルート)登頂 2999m アイゼンによる岩山登山訓練、高所訓練
2012年8月 リッフェルホルン登頂 2757m マッターホルン登頂のテストトライアルクライミング
2012年8月 ブライトホルン登頂 4164m マッターホルン登頂のテストトライアルクライミング
2012年9月 リッフェルホルン登頂 2757m 標高差200mのアイゼンによる岩山登山訓練2回目
2012年9月 マッターホルン登頂 4478m  
2013年3月 八ヶ岳(南沢大滝氷壁)登頂 高さ21m アイスクライミング技術習得訓練
2013年春頃 エクスカリバータワー登頂 高さ37m オランダの人工クライミング・ウォール
2013年7月 槍ヶ岳登頂 3180m  
2013年7月 北穂高岳登頂 3106m  
2013年8月 富士山登頂 3776m 1合目からの登頂
2013年10月 マナスル登頂 8163m  
2014年2月 キナバル登頂 4095m  
2014年冬 大山登頂 1729m  
2014年4月 メラピーク(英語版)登頂 6461m エベレスト登頂前の高所順化
2014年4月 エベレスト登頂断念 直前に死亡事故
2015年3月 八甲田山合宿   スノーシューズトレーニング、クレバス脱出訓練、3週間の雪上生活訓練
2015年3月 八甲田山系大岳単独登頂 1584m  
2015年春頃 ルッツォーネダム登頂 高さ165m
傾斜90度
世界一の人工のクライミングウォール
2015年6月 マッキンリー登頂 6168m 登頂まで1ヶ月かかった
2016年8月 メンヒ登頂 4107m アイガー登頂のテストトライアルクライミング
2016年8月 アイガー(東山稜ルート)登頂 3970m 撮影しながらのクライミングは危険なため、下山はヘリ(ガイドの判断)
2017年12月 南極・ヴィンソン・マシフ登頂 4892m  
2017年12月 アルプフーベル登頂 4206m  
2020年10月 下ノ廊下完歩  
2020年11月 雄山(立山の一峰)登頂 3003m  

並べてみると圧巻です。常人には無理です。

キリマンジャロ登頂(標高5895m)2009年5月


出典:SSブログ

タンザニアにあるアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロからイモトさんの登山部はスタートしました。

2009年に登頂しています。独立峰として世界一の高さの山です。

登山の難易度としては、登りやすい方といわれてはいます。本気の登山家からは「ハイキング」とさえいわれることがある山です。

辛かったとコメントしながらも、達成感で少し嬉しそうなイモトさんが印象的でした。

下山に2日間もかかり、下山もかなり大変なのに下山の様子は1秒も使われなかったとスタッフに文句を言ってましたね。笑

モンブラン登頂(標高4810m)2010年8月


出典:Amebaブログ

モンブランは、フランスとイタリアの国境にあるヨーロッパアルプス最高峰です。「アルプスの白い女王」との異名もある山です。

タキュル・モンモディ・モンブランの三山縦走ルートで登頂しました。

途中までケーブルカーで登ることも可能です。気候が変動しやすい点が難しい山ですが、なんとか登り切りました。


出典:Amebaブログ


出典:Amebaブログ

無事に登頂を成功させたイモトアヤコさんの様子を、途中でギブアップして回収された石橋Dがヘリの上から短パン姿で見下ろしてきた様子です。

短パンはさすがにナメてますよね。笑

アコンカグア登頂断念(標高6890mで断念)2012年1月

アルゼンチンの南米大陸最高峰・アコンカグアは、残り72mの地点で登頂断念しました。運悪く、悪天候にやられてしまいました。

アコンカグアはアンデス地方にありますが、ここの地域は特有の悪天候があります。そういった悪条件が整ってしまっていることから天候にやられて失敗する登山家も多く、登頂成功者は3割にとどまります。

例年にないほどの悪天候であったこととさらなる悪化が考えられたこと、迂回ルートを何度も選ばないといけなかったこと、想定より時間がかかっていたこと、メンバーの疲労が限界にきていたこと等、挑戦を諦めざるを得ない要素が多数ありました。

そして、残存体力を考えれば下山した方が良いとの判断が下り、登頂は断念することになりました。登山は命の危険が伴うアクティビティです。

無理を重ねていけば、やがて判断ミスにつながり、一つの選択ミスが命の危険を当然のように招きます。山を知り尽くしたガイドの判断は重いです。

マッターホルン登頂(標高4478m)2012年9月


出典:Amebaブログ


出典:Amebaブログ

マッターホルンは、スイスとイタリアの国境にあるアルプスの山です。イモトアヤコさんは、ヘルンリ尾根ルートで登頂に成功しました。

前回、天候で失敗しているため、イモトさんはずっと天気の心配をしていました。ずっとプレッシャーに感じていたのでしょう。

登頂成功して、すごく嬉しそうでした。


出典:Amebaブログ

しかし、下山はヘリで行われました。

イモトアヤコさんが望んでヘリになったわけではなく、体力の消耗が激しかったことと、下山の方が死亡率が高く危険であることを踏まえて、ガイドの判断でヘリ下山が選択されました。

ヘリコプターでの下山について、有名なアルピニスト野口健さんがツイッターで批判的な論調の投稿をしていたことで、当時は話題となりました。


出典:X


出典:X

おっしゃっている内容はもちろん、山のプロの方からしたら当然のことかと思います。

通常ヘリを出すのは、遭難してどうしようもない状況の場合です。

行動不能になっているわけではないのにヘリを使って下山するような人は、実力不足だから登るなという考え方もあるでしょう。

ただ、そもそもイモトアヤコさんはタレント・芸人であり、登山家ではありません。登山家ほどの実力が無いことは全員分かっています。

しかも下山の方が死亡率が高いとあらかじめ分かっていたので、むしろ自力下山を続行する無理をせずに大事を取って、この方法を取っています。

無理をして下山をさせ、行動不能になった方が多方面に迷惑がかかります。

テレビ局がきちんとした手続きを踏んで申請をし、自前でヘリを呼んでいるのであれば、これはこれで一つの解決策でもあるので、あまり避難できることでもないのかなという気がいたします。

せっかくの登頂成功に水を差したことや、少し小馬鹿にしていると受け取られかねない書き方だったこともあって、少々炎上をしてしまいました。

ただ、ヘリ下山を “ネタ” っぽく演出したのはちょっと良くなかったのではないかと思う節はあります。

山でのヘリは、命が掛かっているギリギリの場面、もしくは残念ながら亡くなってしまった方を収容する場面で登場することも多いので、あまり遊びのある演出をすると不愉快に感じる方が出てくるであろうことは想像がつきます。

イモトアヤコさんのマッターホルン登頂は、世間に様々な意見を巻き起こしました。

マナスル登頂(標高8163m)2013年10月


出典:日テレ

マナスルは、ネパール・ヒマラヤ山脈にある山で世界第8位の高さを誇ります。8000m峰14座のうちの一つです。エベレスト登山に向けて、トライされることがある山です。

マナスルは本当に過酷な山として有名で、別名「死の山」ともいわれます。挑戦者の死亡率はなんと17.85%で、登山家約300人が挑戦し約50人が死亡しています。

文字通りの「命がけの登山」です。登山途中、イモトアヤコさんが不安で泣くシーンも見られました。

過去には雪崩で12人が死亡する大惨事も起きています。自分がマナスルから生きて帰れるのか分からず、不安な気持ちになるのも当然です。精神力が大いに試される山です。


出典:X

イモトアヤコさんは、何度も涙を流しながらも、死の山マナスル登頂を成功させました。そして自力で下山まで完了。文句なしの完全登頂成功だったはずでした。

しかし、この登頂成功にイチャモンをつける大人が多数現れてしまいました。登頂成功を祝福するどころか、批判が殺到してしまったのです。

「この番組のせいで、登頂に失敗した登山家が『イモトでも登れたのに』などと言われたら立つ瀬がない」

「『素人の芸人でも登れる』となれば、登山家たちのスポンサー集めにも悪影響が出る」

「登山家たちは命を懸けてやっているのに、テレビ局が金を注ぎ込んでお遊びをやられたらたまったものじゃない」

といった意見がネット上に出てきてしまったのだとか。

こういった発言が、実際に登山家として活動されている方がおっしゃったご意見なのか否かまでは確認できませんでしたが、せっかくの登頂成功なのにこんなコメントが寄せられてしまい、少し残念な感じです。

もし本当に登山のプロがこんなしょっぱい発言をしていたとしたら、超格好悪いですよね…。他人の栄光にイチャモン付けることほど、醜い姿はありません。

自分たちこそが “正しい登山家” だと主張したかったのかもしれません。

イモトアヤコさんのマナスルアタックには、きっと数千万円単位のお金がかかっているであろうことは容易に想像できます。

登山家の三浦雄一郎さんが80歳でエベレスト登頂に挑戦されたことがありましたが、費用は1億5000万円かかっていたそうです(シェルパは18人いました)。

このように、有名な山に万全の対策をして挑戦すると、数千万円~億単位で費用がかかります。

イモトアヤコさんの山岳パーティにはシェルパが13人、さらに業界で超有名な一流の国際山岳ガイドや国際山岳医を揃えての登頂だったので、お金の力で成功させている面はもちろんあります。

一部の登山家からは、「お金の力で登山を成功させている」「登山家はお金がない中で、悪戦苦闘しながら頑張っているのに」といったマイナスなコメントが寄せられたのだとか。

金の力を使わずに、貧乏な環境の中で苦しんで達成しないと凄くないみたいな思考回路やめませんか。

大金使ってるのだって、イモトの安全のために、念には念を入れているだけじゃないですか。

悲願を達成するために、お金をたくさん使ったら「ズル」なのでしょうか。

テレビ局は、「ただの芸人にこんな危険な登山をやらせるなんてかわいそう」「テレビ局はタレントを使い潰している」「スポンサー料欲しさに危険なことやらせすぎ」といったニュアンスの批判を受けていることがあります。

だからといって、きちんと対策を取ってできるだけのことをして最悪の状況も想定して、専門家を巻き込んでイモトさんのために環境を整えて、しっかりお金を使って準備万端にしたらしたで、「金の力で成功させた」と言われてしまいます。

文句をいわれずに何かを成し遂げるのは無理なのでしょう。

イモトアヤコさんが、1タレントからすっかり登山家扱いされるようになったのも、批判の背景にあると思います。

「プロの登山家であれば…」といった評論が巻き起こるということは、イモトアヤコさんが世間から、プロの登山家とみなされている証拠でもあります。

安全第一を考えてヘリで下山すれば批判され、準備を万全にしてお金をたくさんかけて専門家と一緒に自力で登頂成功しても批判されるという世の中の状況に、番組スタッフも困惑していたそうです。

「金の力で解決しやがって」と結局お金にこだわっているのは、批判しているその人本人ですよね…。

金にこだわりの無い人が、喋ったこともない他人のことをお金を理由にいちいち批判なんかしないです。

マナスル登頂成功によって、イモトアヤコさんは大きな偉業を達成しましたが、賛否両論を再び巻き起こしたのでした。

キナバル登頂成功(標高4095m)2014年2月


出典:ナタリー

キナバルはマレーシア最高峰です。

このときはイモトさんのみならず、他のイッテQメンバーのいとうあさこさん、大島美幸さんと一緒に登頂して成功しています。

登頂するのに体力を使い果たして、疲れ果てている大島美幸さんといとうあさこさんが印象的でした。

イッテQカレンダーの2015年版2月に、キナバル登頂成功の写真が掲載されています。

エベレスト登頂(標高8868m)2014年4月

ついにイモトアヤコさんは、エベレストへの挑戦をすることになりました。

しかし、直前の2014年4月18日にエベレスト南部で大規模な雪崩が発生したことにより、現地ネパール人ガイドのシェルパが亡くなる事故が発生。

これにより他の登山隊が次々と登山中止を決定したため、日テレ上層部は登頂断念の判断を下しました。

登頂断念の判断につき、登山家の野口健さんも「日テレの判断は正しいと思います」といった旨のコメントをしていました。


出典:X

エベレスト級の山では、複数の登山隊が互いに協力し合ってルート確保をしながら進んでいきます。

今回、協力関係にあった主要な登山隊が登頂を中止したので、イモトアヤコさんの登山隊も登頂を中止せざるを得なくなってしまいました。

複数の登山隊が協力して進むことを予定している以上、主要な登山隊が登頂断念した場合は、その他の登山隊の危険度がより増してしまうので、中止にする判断は正しいと考えられます。

他の登山隊だって、何年もかけて準備してきたエベレスト登頂なので、もちろん中止したくないはずです。

それでも登頂断念したということは、それなりの理由があります。

日テレにとってエベレストの登頂は、5年計画で進められていたビッグプロジェクトでした。

エベレストに登頂するため、イモトさんはかなり前から準備を整えてきました。

ついにずっと長らく放置し続けていた歯の治療にきちんと行ったくらいですから、よっぽど気合いが入っていたのだと思います。号泣していました。

▼イモトアヤコさんの歯並びに関する詳細
>>白い歯キラリ、イモトアヤコが歯並び治した治療方法!歯科・歯列矯正

亡くなってしまったシェルパはイッテQとは関わりのない別のシェルパさんだったので、エベレストでイッテQの登山部に死者が出たわけではありません。

テントや仮設ロープを張ってくれるシェルパがいなければどうしようもなく、また各国の登山隊が引き返す中、強引に決行して事故が起こっては元も子もないので、登頂中止の判断となりました。

ちなみに、この時同時にエベレスト挑戦をしようとしていたタレントのなすびさんも、登頂を中止しています。イモトアヤコさんらの登山隊と同じ理由で、中止の判断となりました。

マッキンリー登頂(標高6168m)2015年6月


出典:Amebaブログ

マッキンリーはアメリカ・アラスカにある北米最高峰です。2015年8月には、「デナリ」(先住民の言葉・偉大なものとの意味)が正式名称になりました。

ヒマラヤの7000m峰に匹敵する過酷な山です。

約1ヶ月かかって登頂に成功しました。電気・ガス・水道が無い生活を、しかも山の中で送ったのですから超過酷な登山だったと思います。

アイガー登頂(標高3970m)2016年8月


出典:Amebaブログ


出典:X

アイガーは、スイスにある山です。

東山稜ルートにて登頂成功しています。東山稜ルートはアイガーの中では難易度が低いようですが、それでも凄いことです。

アイガーは「死の崖」と呼ばれ、特に北壁はエベレストよりも難しいといわれています。


出典:X

まるで刃のような足場を進みます。一歩間違えば滑落死の危険が隣り合わせの場所です。北側は1800mの絶壁、南側は600mの絶壁です。

下山はヘリとなりました。ヘリでの下山となったのは、マッターホルンとアイガーの2回のみです。

色々と世論を再び巻き起こしましたが、別に誰かが登山を採点するわけでもないので、どんな登山があったとしても良いのではないかと思います。

【追記】イッテq登山家・中島健郎がK2滑落


出典:Instagram

イッテq登山部で度々サポートとして登場していた登山家の中島健郎さんが、世界第2位高峰であるパキスタンの「K2」西壁から滑落したとのニュースがありました(2024年7月27日)。

登山家仲間の平出和也さんと一緒に7000m付近の未踏ルートに挑戦しました。

マッターホルン(2012年)、マナスル(2013年)、ヴィンソンマシフ(2018年)など数々のアタックで、イモトアヤコさんとともに登頂してきた人物です。

ベースキャンプで一緒にたこ焼きをしたり、ネパールの床屋で一緒に髪を切ったり、イモトアヤコさんとは数々の思い出を作ってきました。


出典:Amebaブログ

中島健郎さんの滑落を受けて、イモトアヤコさんはインスタで「健郎さんがいなければ 行けなかった場所 見ることをできなかった景色 届けることのできなかったもの たくさんあります」と語っていました。

救助に向かったヘリは滑落した中島健郎さんの姿を発見しましたが、既に体が動いている様子は確認できませんでした。

あまりの絶壁にヘリは着陸することができず、二重遭難の懸念から救助活動は3日後に打ち切りとなりました。

岩崩れに巻き込まれて滑落したのだろうと推測されています。救助が困難な雪山だったので、中島健郎さんはそこに眠り続けることになりました。

2014年に断念したエベレスト登頂を、「いつか必ずリベンジしましょう」と語っていた中島健郎さんの想いを背負って、いつか本当にエベレスト登頂を成功させてほしいです。