渡部篤郎さんには結婚歴が2回あります。前婚の時に既に子供がいたのに加えて、再婚でも子供が生まれたそうです。
渡部篤郎さんの子供たちについて詳しく調べてみました。
目次
渡部篤郎の子供は5人(現妻の子3人+前妻の子2人)
長男(前妻との子) | 1994年11月25日 | 渡部樹 |
次男(前妻との子) | 1998年3月6日 | 渡部蓮 |
長男(現妻との子) | 2011年頃 | 氏名非公開 |
長女(現妻との子) | 2017年12月~2018年1月頃 | 氏名非公開 |
次女(現妻との子) | 2019~2021年頃 | 氏名非公開 |
渡部篤郎さんは、全部で5人の子供の父親です。ダンディで渋いイメージのある渡部篤郎さんですが、実はとっても子煩悩だそうです!
渡部篤郎さんは再婚されています。前妻との間に2人の子供、現在の妻との間にさらに3人の子供が誕生しています。
それぞれ詳しくみていきましょう。
再婚後、渡部篤郎が現妻の一般人女性との間に生まれた子供は3人
2005年に前妻・RIKACOさんと離婚後、2016年6月に渡部篤郎さんは再婚しました。相手は一般人女性なので、画像はありません。
松下奈緒さん似のスレンダー美人なのだとか。1979年生まれで、11歳年下の奥さんです。前妻は2歳年上の姉さん女房で離婚してしまったので、次は年下女性を狙ったのでしょうか。
元々、友人グループでお食事をしていた中にいた人だそうで、交際は2015年頃からです。
今でも昔に渡部篤郎さんが出演した作品を何度も観てくれたりと、優しい人柄の方だそうです。夫を立ててくれる素敵な女性なのでしょう。
渡部篤郎と現妻の子供①長男
再婚してからの子供や奥さんの妊娠については、相手が一般人であることから当初は公表されていませんでしたが、結婚翌年に「女性自身(2017年10月24日発行)」で第一子(長男)が既に誕生していたことが報じられました。
渡部篤郎さん夫婦は子供の存在を特段隠していたわけでは無く、ドラマの撮影現場に赤ちゃんを連れてきていたそうです。共演者や一緒に仕事をしていたスタッフさんにとっては周知の事実だったようです。
渡部篤郎と現妻の子供②長女
週刊誌の報道時点で奥さんのお腹の中には既に第二子がおり、妊娠8ヶ月でした。
第二子(長女)は2017年12月~2018年1月頃に生まれています。
渡部篤郎と現妻の子供③次女
第二子の誕生後、数年空けて第三子(次女)が誕生しています。
第三子が産まれたのは2019年~2021年の間です。
再婚前、渡部篤郎と前妻・RIKACOとの間に子供が2人いた
渡部篤郎さんの1回目の結婚は、1993年3月1日でした。相手はモデルのRIKACOさんで、交際8か月のスピード婚でした。
その後、2005年にRIKACOさんとは離婚をしています。2人が公表した離婚の原因は「理想の家庭像が違った」とのことでしたが、実際には渡部篤郎さんの女性問題があったことと、格差婚だったことが原因だと世間では言われています。
離婚は渡部篤郎さんから切り出し、離れても親としての役目は果たすことを条件にRIKACOさんが承諾したそうです。
結婚時は渡部篤郎さん25歳、RIKACOさん27歳です。姉さん女房だったんですね。渡部篤郎さんとRIKACOさんとの間には2人の子供がいます。
- 長男・渡部樹さん(1994年11月25日生)
- 次男・渡部蓮さん(1998年3月6日生)
父親の渡部篤郎さんに似て艶やかな雰囲気を持ち、ミステリアスさが漂っています。手前が長男の樹さん、奥が次男の蓮さんです。
渡部篤郎と前妻の子供①長男・渡部樹
結婚した翌年に、長男が誕生しました。渡部篤郎さんの第一子です。1994年11月25日生まれで、お名前は「渡部樹(みき)」さんといいます。
父親・渡部篤郎さん由来の渋い雰囲気があり、とってもカッコいいですね!
渡部樹也の芸名で演出家・脚本家をしている元芸能人
渡部樹さんは「渡部樹也」の芸名で、演出家・脚本家として絶賛活躍中です。元々は演者としても活動していましたが、現在は演出家・脚本家としての活動がメインです。
母親・RIKACOさんプロデュースの舞台「どうか妹だけは助けてください」の演出・脚本を担当する等、母親とも一緒にお仕事をこなされています。
2013年10月 | 舞台 IN EASY MOTION | 出演 |
2014年2月 | HANDS UP 第一回公演 「リリィの語り部」 | 脚本・演出・出演 |
2014年4月 | 「カルセオラリア」(主演 RIKACO) | 鈴木役 |
2015年 | HANDS UP 第二回公演 「ルキアの使い手」 | 脚本・演出・主役 |
2016年 | 「イライザ~深海にひそむ初恋~」 | 脚本 |
2016年 | HANDS UP プロデュース 「父より」 | 美術・脚本・演出 |
2017~2019年 | 映画脚本執筆 | - |
2023年 | 「どうか妹だけは助けてください」 | 脚本・演出 |
2023年 | 「薄羽集魚灯」 | 企画・脚本・演出・出演 |
脚本・演出を最初に担当した2014年2月の「リリィの語り部」では、自ら出演もこなしていて、その才能に注目が集まりました。
実際、この時渡部樹也さんはまだ20歳でした。才能があると、これだけ若くして世に出てしまうものなのですね。
ちなみに、母親・RIKACOさんが運営しているYouTubeチャンネルの編集や企画なども手伝っているそうです。
渡部篤郎と前妻の子供②次男・渡部蓮
1998年3月6日に次男の渡部蓮さんが誕生しました。
長男とは4歳程離れています。すらっとしていて美形の顔立ちをしていますね。
海外で活躍する役者を目指している
次男の渡部蓮さんは、現在モデルをしつつ、海外関連のお仕事をしているそうです。
将来的には、海外の役者として活躍出来る状態を目指しているとのことです。
渡部篤郎の子供に対する教育方針
渡部篤郎さんは非常に教育熱心な方だったそうです。
悪いことをした時は、しっかりと叱ることを意識していたそうで、その叱り方はまるで撮影現場みたいでした。怖い役が下りてきたかのような怖い目つきになるそうで、さすがベテラン人気俳優さんです。
ちなみに子供たちは何度も見たせいか、どうやら徐々に慣れてしまい効き目が薄くなってしまったんだとか。
また、渡部篤郎さんは子育てで「無償の愛を与えること」を大切にしているそう。いい子に育っていますよね。
渡部篤郎が再婚した時、連れ子はどうしたの?
離婚の際、渡部樹さんと渡部蓮さんの2人の子供の親権は、RIKACOさんになりました。2人はそのままRIKACOさんと生活をともにして育ってきました。
渡部篤郎さんは養育費をしっかりと支払うことで、父親としての経済的責任を果たしつつ、それだけではなく遊びに連れて行くこともあって、親子の絆を深めてきました。
RIKACOさんは離婚後、渡部篤郎さんと会うことはなかったそうですが、子供たちとは定期的に会っていて、ハワイ旅行に連れて行ったこともあるそうです。
離婚はしてしまいましたが、子供たちは渡部篤郎さんについて「お父さんは素晴らしい人」だと言っています。
子供たちにしっかりと尊敬されている、素敵な父親ですね。
離婚したのに子供たちが渡部姓のままになっている理由
離婚した時の子供たち本人の強い希望で、苗字を「渡部」のままにしたそうです。離婚したのが2005年頃なので、長男が11歳くらい・次男が7歳くらいのタイミングです。
2人ともおそらく当時小学生だったので、苗字がいきなり変わると学校生活で支障がありますよね。クラスメイトにも両親の離婚が一瞬でバレてしまいますし、もしかしたらイジられたりするかもしれません。
持ち物にも渡部姓で名前を書いてしまっているでしょうし、何かと不都合しかありません。大人達の都合で子供に迷惑をかけてしまうのは良くないということで、子供たちの名前はそのまま変えないことになりました。
ただ、渡部篤郎さんが再婚して新しい家族が出来た頃には「母親の苗字に変えようか?」と気を遣ってくれたりしたそうで、なんとも優しいお子さんたちですね。
渡部篤郎と子供との親子エピソード「友達みたいな感覚でいよう」
経済的に支えるだけでなく、海外旅行に連れて行ったりと、離婚しても我が子として精一杯愛情を注いできた渡部篤郎さん。
しかし、本人は「自分は父親らしいことができない」と思っていたようです。そのため、前妻との子供たちに対して「友達みたいな感覚でいよう」といっていたとか。